2026/02/06 10:28
時折、ふと思うのですが。
「鯨肉」ほど料理を口にして味わう前に、とかく周りから何かしらの共感を強要される食材は無いのではと感じ
るのです。
「普通に食べる」だけなのに、「味覚」を左右する程の様々な外的要素が影響を及ぼしていると考えてしまいま
す。
詳しく申しますと、食べる前に「(鯨は)食べていいの?」「(鯨は)食べて大丈夫?」とネガティブな「否
定」的な共感を強いられます。
この様な場合、人はその印象につられ味わう時には自分の想定を上回る感動が無ければ美味しいと感じづらく、
「鯨肉」は普通の食材よりも「味を判断する」ハードルが高くなり不利だと感じるのです。
要は、人の「味覚」の判断は他人からの影響や印象で「ミスリード」されやすいと感じていま
す。
「鯨肉」ではそれが顕著に起こり得るのではと考えました。
皆さんこんにちは大阪の鯨屋、奥野水産4代目奥野良二です。

NHKの「3か月でマスターする人体」:第3回「おいしい」を科学する。
この放送で興味深い内容を拝見しました。
「おいしい(味)」が人の記憶に強く紐づけされる事を科学で解明しています。
そのメカニズムは、人が「おいしい」と感じた時に脳が「幸福感」を得る仕組みです。
「幸福感を得た」時の脳はその時の状況や記憶と共に、「美味しいと感じた味」と「幸福感」を
「ご褒美を得る」仕組みとして脳に紐付するのです。
面白い事に「脳」は「幸福感」を求め「おいしい(味)」を欲するのです。
「食べる」と言う行為の目的のゴールが「幸福感」だとすると冒頭で述べた通り、
「鯨には逆のメカニズムの事が起きてはいないだろうか。」と考えずにはいられないのです。
食べる前から「(鯨は)食べてはいけない」「食べる物でない」「昔、食べたけど美味しくなかったよ」「どう
せ、食べても美味しくないよ」と言う「マイナスの(不)幸福感」の状態では、「美味しいもの」も美味しく感
じる事が出来ないと思います。
「(聞いていたより)思ったよりも美味しい」「(皆そう言うけど)意外に美味しい」と「美味
しい」に注釈が付いてしまいます。
さらに、人は「おいしい」を(人と)共有したい生き物です。
「親」が「子供」に食事の際「おいしい?」と尋ねるのは、自然と同意を求め聞いてしまうからだそうです。
子供が学校から帰って「今日、給食に出た鯨の竜田揚げが美味しかった」「生まれて初めて食べたよ」と嬉しそ
うに話してくれたら、ぜひ共感して上げて下さい。
決して、「パパやママは食べてこなかったから解らない」と否定しないで下さい。
子供達の「味」へのファーストコンタクトを非常に豊かで大事なものにしてあげて欲しいです。
生まれて初めて食べた子供達は、「鯨の竜田揚げ」を美味しいと判断し、学校給食の時間を「幸
福感」と感じて帰って来たのです。

家族は真っ先に「幸福感」の記憶を共有したい対象です。
残念ながら「鯨の食文化」には世代に断絶があり、その年齢層は丁度「親子」の年の差ほど(食習慣が)分断さ
れていました。
「学校給食の思い出」が、当たり前に親子で「おいしい(味)」を共有出来る事が自然となる(断絶を埋める)
まであともう少し先でしょうか。
奥野水産がお手伝いして28年、食べなかった空白の期間が埋まるのはもうすぐだと願わずにはいられません。
学校給食での「食育」はまさに「生きた教材」である「食体験」、その様な「おいしい(味)」
を共有していくほど、大切な時間と記憶になっていくと思います。
これからも、是非そのお手伝いが出来ます様に。